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年越し

ご贔屓にさせて頂いている元 院長の独り言夜間小児救急の話として紹介されていた大手小町の発言小町.評判悪いので普段はめったに見ないが,元 院長先生のご紹介なのでちょっと覗いてみた.

ドクハラについて…

医療関係者以外にも,日本の救急医療のおかれた状況を理解・危惧している人が少しはいるということがわかって,正直 少しホッとした.

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ドアロックかけず小5転落死 「逮捕はおかしい」との声

 後続のトラックって,バスのすぐ後ろを走っていたと思いこんでいたら「左側の走行車線を走っていた」 ・・・車線が異なるのに,車間距離??
 ここでも,後続トラックの運転手の逮捕はおかしい(事故は不可避)という意見が多いようで,少し救われた気分.


 今年の医療界は「崩壊」の一言につきた.来年は「終戦後」か「焼け野原」か?
 皆様 良いお年を.

記事引用
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by E_physician | 2007-12-31 22:48 | 救急

世界の医学常識では,恐らく“寿命”

搬送30病院で断られ死亡 大阪・富田林、89歳女性

前にも書いたが,こういうケース,私の実家のような田舎なら,多分 救急車呼ばない(近所に騒音で迷惑かけるとか,恥ずかしいとかの理由もあるが).「おばあちゃん,大丈夫?」なんて,家族に手をさすられたりしながら,朝になったら病院に行こうね(往診かな)とか言って,朝になったら亡くなっていた・・・というのが一般的だと思う.これ,保護責任者遺棄致死? 

詳細不明だからよくわからないが,急変するような出血性ショックって,胃癌・大腸癌からの大量出血か,大動脈解離,TAA/AAA破裂あたりか.いずれであっても,89歳ならそもそも救命不能な可能性が高いし,仮に急変前に診断がついたとしても,お年がお年ですから,と看取りになることが多いと思われる(処置・手術自体に危険を伴うし,最中に亡くなることも多いから).

病院で診断が下されて,病院で看取りになるのは問題ないが,救急車内での急変(89歳だけど;長い目で見れば人生のターミナル)は問題なのか?

「自然な経過で」の家族がいる一方,「とことんやってください」という家族の場合,昨今の医療事情からは頑なに拒否することは難しい.
患者の家族が希望さえすれば,超高齢者であっても,元のADLがどうであっても,いくらでも高度集中治療(=高額医療)が可能になるというこの状況.治療方針(そもそも治療するかも含めて)の決定権が医療者ではなく家族の手中のみにあるという不合理さ.そこには医学的常識や自然の摂理といったものはない.

後期高齢者医療制度は内容に問題があるが,少なくともある一定の年齢(例えば平均寿命とか)で,治療の適応のガイドラインを設けるべきではないか.80歳でも90歳でも希望さえすれば,保険で透析ができたり,際限なく集中治療をやってもらえる国は,恐らく日本くらいだろう.一定年齢を過ぎても,医学的常識を聞き入れず,家族の希望でとことんやってほしいなら,そのコストは自己負担していただくしかないだろう(恐らく将来的にはそうなるはず).医療資源は有限なのだから.

今のようなペースで(超)高齢者が救急車で救命センターへ運ばれれば,82歳の腹痛と95歳の呼吸不全と88歳のCPA患者の処置中で,処置ベッドもいっぱいで医者も手一杯だから,と「25才男性 交通外傷で意識不明」も,断らざるを得なくなる可能性も出てくる(本当にいつかそうなるんじゃないかと...).


提案:
敬老の日アンケート「あなたはどう逝きたいですか」
 医療資源には限りがあります.あなたの子供や孫・ひ孫の医療費を削ってでも,自分自身への高度集中治療を望みますか?

記事引用
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by E_physician | 2007-12-29 22:21 | 救急

自然の摂理

あまりに的を得た文章で,全文引用せずにはいられない.blog天国へのビザより,以下 引用.

患者の皆さん、あきらめてください

中央公論1月号の特集、「医療崩壊の行方」の中で、若手医師の匿名座談会ー現場からの提言 という記事があった。

「患者のみなさん、まずはあきらめてください」

というタイトルがつけられている。これによると

厚労省は「自宅での看取り」を求め、「お産も産婆さんが家で取り上げる」ことをすすめようとしている。そうすれば日本人の平均寿命は下がるし、出産死亡率は上がるけれど、まあ、それは仕方がないでしょう。団塊の世代が老人になったとき今のように医師にかかるのは完全にあきらめるしかないでしょう。すべて80年代に手を打たなかった厚労省が悪いと言えます。団塊の世代に「医師にかからずに死んでください」と言っているようなものです。

この「あきらめてください」は、「医師にかかるのをあきらめてください」という意味のようだ。

先日、私も患者さんのご家族に、少し意味は違うが「あきらめてください」と言いたくなることがあった。

 *

95歳の男性、認知症のため施設に入っていた方が、肺炎を起こして入院した。

抗生剤治療を行い、一時回復に向かったように見えたが、黒色便が出て、Hb4.7と極度の貧血に至った。消化管出血による貧血と思われたが、呼吸状態が悪く、胃カメラなどの検査も危険で行えない状況だった。

息子さんと娘さんは輸血をしてほしいと言い、濃厚赤血球をオーダーした。3日間に分けて行う予定とした。
1日目は血液が届いたが、2日目は届かなかった。オーダーしたAB型の血液が不足しているという理由だった。
輸血製剤のオーダーをするとき、患者の年齢や重症度などは報告しない。この老人は95歳だから後回しにされたというわけではない。年齢に関係なく、若者で輸血を必要とする患者のところにも平等に血液が届かないということである。

95歳で死にゆこうとする老人に輸血を行うことに何の意味があるのだろう。昨日の血液が、未来のある若い患者のもとに行き渡ったら、助かる命があったかもしれない。
私は輸血製剤のオーダーを取り消した。そして、家族にそれを話した。
娘は泣き崩れた。
「お願いです。できるだけのことをしてください!」

95歳、認知症で施設に入っていた患者である。もう寿命とは思えないのだろうか。
できるだけの看護をしてくださいというのなら分かる。しかし、できるだけの治療をしなければならないのだろうか。
不足している医療資源を奪ってまで、95歳の老人の命を数日長引かせることに何の意味があるのだろう。
しかし、その家族は自分の親の命を1日でも長引かせることで頭がいっぱいのようだった。

このご家族が特殊なわけではない。
死を受け入れることができない人が増えている。
「老いたら死ぬ」そんなことがこの国では当たり前のことではなくなっている。
老いてもとことんまで治療され、生かされる。自分の意志とは無関係に。
そして、そのために限りある医療費が使われているのだ。
「できるだけのことをしてくれ」という家族は思いもしないだろう。自分が老いて死ぬとき、病院にかかることさえできなくなるかも知れないなどとは・・。
肉親の死は悲しく辛い。たとえ95歳の大往生であっても辛いものは辛いだろう。
しかし、人間は永遠に生きることはできないのである。 肉親の死を受け入れ、悲しみを乗り越えなければならない。

日本人の死生観は明らかにおかしくなっている。

今こそ見直さなければならない時期にきているだろう。
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by E_physician | 2007-12-29 00:32 | 救急

偽装表示?

“スウェードブーツ”
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でも本当は“スウェードブーツ”とすべきところ.だって,ポリエステル100%だから(見りゃわかるけど).まぁ,タグにはちゃんとポリエステル100%と記載があって,わかってて買ったんだけども.
ゴーキュッパだし.
いや,¥5,980とか¥59,800なんかではありません.¥598です.しかもお店はホームセンターですから.

でもこれ,暖かいんですよー.もう手放せません.


ユナイテッドアローズがカシミヤを全く使用していないストールを「カシミヤ70%」等と表示して売ってたってのがニュースになってて,商品回収・返金しているらしいけど,返品に行くの,結構寂しいかも.だって,普通の羊毛とカシミアの手触りの違いがわからなかったってことになるし(あ,もちろん私も,そんなに鑑別できるわけではないです).
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私はあまりブランド物とか高価な物に興味はないけど,全く買わないわけではない.購入時のポイントは「そのブランドのロゴがついてなくても(その品質表示ラベルがなくても),その価格でその商品を買うか」
これだと絶対後悔はしない.その商品そのものが好きでその値で買ったのだから.

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by E_physician | 2007-12-27 23:06 | その他

またも車外放出

転落死 バス運転の会社員逮捕 「ドア開閉、手動だった」

もしもこれがワンボックス車で,運転していたのが親だったとしたら,親は通常 逮捕されない(と思う).もちろん,それを生業として運転している人と,そうでない人とでは責任の重さが異なるというのはわかるんだが.

これも,シートベルトさえしていれば「防ぎ得た死」.
ついでに言うと,後続トラックを運転していた運転手の逮捕も防がれたはず.(前方の車からいきなり転落してきた人を安全に避けるのって,例え適正な車間距離をとっていたとしても難しいよなぁ.)


後部座席のシートベルト着用を義務化する改正道交法の施行は来年夏頃(一般道は対象外)

記事引用
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by E_physician | 2007-12-26 23:03 | その他

メガ食品 果物編

最近 ハンバーガーとかやたらとデカいのが流行っているようだが,イチゴもでかくなっていた.
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綿棒と同じくらい.ちなみにお皿の直径は20cmくらいである.
食べてみると...酸味のほとんどない(←否定的な意味)さっぱりした甘さで,中心部の白い部分が発泡スチロールのような食感.食べても“大味”だった.
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by E_physician | 2007-12-26 22:13 | ごはん

そこにあなたがいたから

 いつの頃から日本人は高齢のおじいちゃん[おばあちゃん]が倒れてぴくりとも動かない時,救急車を呼ぶのが慣例になってしまったのだろう.

 私の実家はかなり田舎で,ちょっとやそっと走ったって救命センターなんてなかった(たぶん今もない).もう10年以上前だが,もともと寝たきりに近かった祖母が亡くなる時,近親者に看取られて自宅(つまり私の実家)で亡くなった.察するに数日前から徐々に全身状態は悪化していたと考えられるわけだが,もちろん救急車要請なんてことはなかった.
 ところが私の勤務する当地では,95歳でも100歳でも,意識がなく息もしていない(常識的には,恐らく世界の常識では,これを「寿命」と呼ぶであろう)時,救急車を呼ぶようになってしまっている.それは結果として「蘇生を希望する」という無言の意思表示になってしまうのだ.家族はただ単に,あわてて呼んじゃった,だけだったとしても.呼ばれたら,救急隊はよほどのこと(死後硬直が顕著,とか)がなければ蘇生せざるを得なくなる.かくして棺桶に片足どころか,ゆっくり横たわっていたところを引きずり出され,心マで揺り動かされ(か細い肋骨がバキバキ折れ),管を入れられ,針を刺され...という儀式をわざわざ経なければ,逝かせてもらえなくなってしまった.
 家族は言う「あまりに突然だったので...」 えーっと...97歳なんですけど.平均寿命過ぎたら,どういう最期を迎え(させ)たいか,考えておかないと,この蘇生ベルトコンベアーに載せられてしまうのだが,全くと言っていいほど何も考えてない家族の多いこと.昨今は「往生際の悪さ」という言葉は本人より家族(遺族)のために存在するようだ.

 ただ,これは救命センターなどというものが身近にあるから,救急車を呼ぶことが,あるいは救急車が街を走っていることが,決して非日常ではないから,起き得る現象なのかもしれないと,最近思うようになった.
 恐らく現在でも私の実家の周辺ならば,高齢者が倒れて息もしていない時,救急車を呼ぶのではなく,近所の町医者(お寺かも...)に電話して,どうしたらいいか相談するんじゃないだろうか.だって,救急車呼んだって,高齢者にACLSやってくれるような救命センターなんて,30-40分走ったってないんだもの.ACLSバリバリの救命士も乗ってないだろうし.もういい歳だったからね,ってのが皆の暗黙の了解.
 つまり救命センターなるものが,地域に根付いちゃってるために需要を掘り起こしているような気もしなくはない.そんな気がする.
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by E_physician | 2007-12-19 22:21 | 救急